やっと

お店に終日いたのが久しぶりの土日でした。
そして土曜日、パン耳作戦が実を結びまして、セキレイが来てくれました。
見ている鳥でも、どれが誰かよくわからないことも多いので、
あるいは間違えて覚えている可能性が高いので、
常連さんに「あれ!あの子!誰ですか!」と
ちょんちょん食べている姿を指差して、カウンタの中から叫んでいました。

無事、セキレイの姿と名前が一致しました。

なんで田舎に住んでいてそのくらいのこと、という感じですが、
昔から「声はすれども姿は見えず」と「姿は見えるが啼きもせず」の
タイミングばかりだった(原因はそもそも木の枝の奥で啼いていたため)のと、
私が誰かのガイドでバードウォッチングをする、という鳥の楽しみに
あまり興味を向けてこなかった(ゆえに図鑑も見なかった)ため。

概ね鳥は好きです。猛禽類と小禽類が好きです。
でもそれは「近くにいて親しむ」のが好きで「遠巻きに眺める」のとは
ちょっと違う。
子供の頃、我が家にはものすごい数のインコがいました。
よく見かける黄色や水色の、愛らしい子達。
インコ小屋と向かい合ってクジャク小屋があって、チャボとか茶色くてキレイな
鳥が同居していました。
つまり「鳥=触れ合うもの」のイメージが強いためでしょう。

今ものすごくクジャク再び感が沸き上がっていて、
アーユルヴェーダの先生が「庭で放し飼いしてる(もちろんインドで)」と
聞いて「そうだ、だってテリトリー狭くて基本穏やかなんだから、一応
敷地内にさえ居たら放し飼いとは言わないよな、日本でも」と
思っていました。でも昔ちょっと田舎では「ペットにクジャク」って
普通だったのですが、今は繁殖させるどころか飼っている家もいなくなりました。

で、私のクジャク熱はともかく、小禽類はいつもお店の植木にとまっているので、
少しだけより近くで眺められたらと思いました。
広いといっても小屋は小屋。
広いどこかから、不意に訪ねて来る姿の伸び伸びした様子を、そっとお店の中から
見ていたい。

この土日は暖かいくらいの陽気。
食料確保なら、畑のほうが虫とかたくさんいて、きっとご馳走です。
今日はムクドリが1羽。

私がお店にいない日は、そもそも生き物好きのマスターが代わりに撒くはず。

なので、お店の入り口前に置かれた壺やブロックの上にパン耳が
散乱していても、目をつむって頂けるとありがたいです。

あるいは、しゃがみ込んでパン耳をそぼそぼ砕いては、ニヤつく私が怪しく
背中を丸めていても、見なかったことにしておいていただけると…

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by saporterK | 2017-01-29 23:55 | Comments(0)