南アルプス市のジャズ喫茶より日々の出来事を。

by saporterK

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チラリと言っても「ちょい見せ」という意味ではなく、視線のこと。
飲食店に出掛けると、隣のテーブルや隣の席に座る人の視線が気になる。
人は、あとから来た人をチラリとやり、先に運ばれてきた料理をチラリとやり、先に帰る人もチラリとやり、別のテーブルの異性にチラリとやったりまでする。なぜそんなに皆「チラリ」をしたいんだろう。
人の見た目評価、品定め、料理を選ぶ参考、同じチラリもいろいろだけど、だからといってこれといった意味も見出せない。暇つぶしにチラリとされるのは嫌な気がする。
私はなるべくチラリをしない。だって大まかに何が食べたいかなんて自分の胃に聞くべきだし、その料理がどんな盛りつけをされているかも重要な楽しみの要素なんだから、チラリなんかでサプライズを前倒しにしたら勿体ない。どんな人が来ようと自分(達)の食事には関わりもないし、できれば関わって欲しくない。
その店の客層は、まず駐車場の車で、あとは店内に入って席に案内される直前にザッと「どこに案内されるのかなぁ」みたいに眺めればおおよその見当がつくから以後のチラリはあまり必要ない。お店の雰囲気、スタッフの人柄、食器、漂う香り、そういうのは職業病的にチラリはするけど、お客さんにはしない。
どうせチラリな視線を投げるなら、デート中の恋人にだけ、そして注がれて刻々と色合いを変えていく赤ワインのグラスに留めたほうが良い。視線っていうのは、いざという時に威力を発揮させるべきだから。
なんてことを、番組収録後のお昼、雨の中歩いて行ったレストランでチラリとされたのでチラリでお返しをしつつ。どうせなら「素敵!」と思う人にチラリと流し目などを流されてみたいものだ。ふむ。
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by saporterK | 2006-01-31 23:51

不具合か

IL DIVOのCDを開店前に聴いていた。お店のオーディオ機器はアンプがAccuphese、プレーヤーがSONY、スピーカーがAltec。家で聴くよりお店で聴いたほうが良いに決まっている。ジャズ向けの組み合わせの機器でも何でも、音が良ければ良いのだ。開店前は音量を上げて聴いている。
2曲目に入ったら突然「ブチッブチッ」と雑音というか音を拾い損ねたような音がしてきた。どうもアンプの調子が悪いようだ。オーバーホールに出して1年しか経っていないのだが、新たな不具合だろうか。
マスターが「いつも同じ音量で流すからなぁ(しかも小さめの音で)」と言いながら音量を上げたり下げたりして不具合の起きるところを探していた。そこを避けると問題はないようなので、暫く様子見ということにする。
修理に出している間、良い代替機を借りれれば申し分ないけれど、前回はひどかった。音の良し悪しの分からない私ですら「そりゃねぇっすよ」と呆れたくらいだ。
マスターは「湯水のように金を使えるわけじゃない」からあまりオーディオには深入りしなかったようだが、お客さんや知人の中には「家が建ちます」くらい入魂した物を持っている人もいるらしい。たまにオーディオに目をつけて話しかけてくれるお客さんと出会うと、マスターもノリノリになる。そして私は交わされる会話の殆どが理解不能に陥る。CDをYANNIに替えて聴きながら、今度修理に出している間は、私のBOZEのコンポをお店に持ってこよう、などと考えていた。
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by saporterK | 2006-01-29 23:49

雲隠れ

余裕のない時に限って人身事故に出くわす。
開演20分前に到着予定で出掛けた電車が、止まらない駅で止まり、無情に「この先○○駅にて人身事故が」というアナウンスが流れる。止まった駅で乗り換えれば間に合う。でもこういう時、ドアは開けてくれないんだ。「間に合わねーよ!どうすんだよ!」な空気が車内に漂い、私も同じ気分。結局10分遅れで到着した。やれやれだ。昼の部と夜の部の両方が買えたので、1時間おいて続けて鑑賞。「雷電」という曲は解りやすい。菅原道真が宮中へボカスカ雷を落として、最終的に大上天皇の位を貰って満足したという、内容だけ言えばそういう曲。今日は、前シテは昼の部が、後シテは夜の部が好き。同じ曲を、違う能楽師が同日演じると、印象の違いをまざまざと、しかも記憶の薄れぬうちに比較観察できて面白い。疲れるけど、面白い。
生協でチケット取り扱いをしていて、何気なく案内を眺めていたら今日の会が載っていた。あてがわれた席が2列目。見上げて首が折れそう。でも久々に「息遣いも感じる」近さで、まぁそれはそれでお楽しみでもある。ふふーん。
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by saporterK | 2006-01-28 22:57

焼き芋

いつもユリアンにビーフジャーキーなどの美味しいお土産を下さるお客さんが、今日は焼き芋を差し入れて下さった。私は出稼ぎで不在だったので、ストーブの上で保温されたものをモグモグ。品種はなんだろう。不景気の時勢に、売れまくっている焼き芋屋さんとお知り合いなのだそうだ。サツマイモも、焼く釜も違うんだろう。あぁなんか疲れが消える美味しさなんだよなぁ。芋栗南京そして豆が大好き。素材の甘さは、砂糖から得られるものとまた違う、優しく穏やかで暖かい。「ほっくり」「ほくほく」「ほっこり」と形容も良い。ごちそうさまでした。

夜、小学校の同級生のお母さんが来店。お店で働くようになってから、同級生本人よりもその親と話をするほうが多かったりする。中学から学校が別だと音信不通も仕方ないかなと思う。ある意味「みんな一緒なら怖くない」みたいな集団性からは解放されたけど「違うやつはいらねー」という排他性には、当時憤慨した思い出がある。そういう時初めて友達が誰なのかを知り、またそういう人間関係しか築けなかった自分の言動を深く思い知るのだ。そして内省とか自問というものを行うのである。集団から追い出されたと思っていても、実は投影であったりする。なので、昔の子供子供した考えはいい加減忘れようと思った。ということを、同級生のお母さんの話に耳を傾けながら。
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by saporterK | 2006-01-28 00:45

また

以前利用していたブログは、アクセスに時間がかかるので、短気が歩いているような私には不向きだったと思う。そのうち手書きでhtmlをせっせと打っているのが災いしてか、出稼ぎで長時間モニターを睨んでいるせいか、視力が落ちている実感があるので、少しでもラクをしようとブログに戻ってみる。
今日は出稼ぎ。テレビ局に出入りするようになって何年にもなるけれど、どうしてモニターに映る自分って良く映ってくれないんだろう、と思う。たとえ手だけであってもだ。いかに手タレの手指が美しいかを思う。昔は「末は手タレで食っていける」と誰もが言う手の持ち主だった。いつのまにか突き指したり働いていたら、節くれた労働者の手になっていた。でも、ずっと人間的な表情になったとも思う。包丁もトンカチも刈り込み用のハサミも使える手になった今のほうが、女性的ではないけれど、自分の手としては「良いな」と思っている。
なんて、モニター上しょろしょろビールを注いでいる我が手を眺めながら。
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by saporterK | 2006-01-27 00:02