南アルプス市のジャズ喫茶より日々の出来事を。

by saporterK

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雨ですか・・・

やはりジュラルミンケースを椅子代わりにするのは腰によくないことが朝起きて痛感された。うぅ、斜めに座ったままに固まっている。しかも雨ですか。どんみりした気持ちが残るが、仕度していると外でユリアンがじっと玄関ドアを見つめてビシッと座って待つ姿を見て切り替える。

夕方、兄上がまた夕飯を食べにきた。今年初の栗ごはん。栗を選り出して食べると兄上が怒るので我慢してご飯と一緒に食べたので、栗ごはんを堪能した気分が薄い。自分は箸の使い方が今一歩及ばないのに、人の食べ方にはとやかく口を出すのは少しうるさい。「会社で昨日のTシャツ着たらさぁ、お、ウッティじゃん!って皆に言われたよ。認知度高いぞ」となぜか胸を張って報告してくれた。いや、県内では知らない方が少ないんじゃないかと思いますが。。。冗談で「あのTシャツ売れるかなぁ」などと言っていたが、2人が袖を通した物が売れるわけがない。すぐに兄上の部屋着になるに決まっている。

雨の前後、マスターと私は節々がおかしくなり、兄上は喘息が起きる。明日も雨なので3人で「はぁ。雨ですか・・・」と呟く。喘息の予兆に有効らしいツボを教える。母上はあまり天気に左右されることがない。ユリアンも天気はあまり関係ない。
寒かったので朝顔が夜になっても花弁を開きっぱなしの日。
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by saporterK | 2007-09-30 01:14 | Comments(0)

中継その他。

よく眠れないまま朝6時10分の半端な時刻まで粘ってから起きる。会社に到着早々「これ着て下さい」とTシャツを手渡された。冗談抜きでスタッフ全員が着るのだと言われ、渋々着替える。部屋着?くらいのだぶだぶサイズ。むむむ。
4tトラックくらいの半分を機材が埋め、男5人私1人がぎゅう詰めになっての生中継。意図せず他のスタッフに肘鉄を喰らわせそうなくらいの人口密度。リハーサル中は椅子さえなく、立って腰を屈めたり膝をついて時間を計り、寒さと狭さと暗さで血圧降下。指先が血行不良で強張って息苦しくて目眩を起こす。本番は、機材を入れるジュラルミンケースを立てたものに斜めに腰掛け、モニターは横を向いてTDさんやDの肩越しに盗み見るような状態。デジタル表示の時計は1秒ズレていて、咄嗟に予定時間配分との誤差が視覚的に捉えられず混乱の極み。よれよれと放送が終わり、かろうじて富良野のメロンパンだけ買って撤収。オムライスがー、米沢牛のコロッケがー(涙)

お店に戻ると、バレエ時代の友の結婚式の写真をプリントして届けてくれたところ。ずっと都合があわないままだった。受付をした約1年前の自分を観て「すげー、肌が荒れてたとはいえ、詐欺なくらい化粧してる。」と今となっては笑い話。新婚生活などの話を聞く。食事の約束をして分かれる。幸せな努力を惜しまぬ夫婦を見ていると、2人でいるって良いなー、と思う。

義姉上と甥っ子不在のため、兄上がお店で夕食をとり、なぜか肩揉みをしてあげた。誕生日の大腿骨は大きすぎて会社のデスクに収まらぬというので、私の腰椎と交換することに。これなら彼の要望を聞かずにミニ頭蓋骨を差し上げればよかった。頭の天辺から中殿筋までをゴリゴリと。そういう点で義姉上は細腕なので、ここぞとばかりにひと仕事させられるのだ。メロンパンと、マスターがオートミールを「鶏のエサ」と言って以来「鶏のエサクッキー」と名付けたオートミールレーズンクッキーを明日の朝ご飯に持たせた。ついでに、出稼ぎ先のマスコットのウッティがプリントされたTシャツも兄上が強奪していった。会社で受け狙いでもしているのだろうか。
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by saporterK | 2007-09-29 00:06 | Comments(2)

雲隠れ。

特番のため出稼ぎはお休み。だからというわけではないが横浜能楽堂へ。狂言「蝸牛」と能「柏崎」。親子が最後は再会してめでたしめでたし、といえば「百萬」のほうがずっと上演回数は多い。観た感じでは百萬のほうが好き。今日も前の席のおじさんの頭しかみえなかったので、用もないのに地謡座をちらり、後見をちらり。観に行ったというよりは聴きに行った感じだった。

今回は事前に申し込んだ人は、シテのN師と茶話会があった。私はファンの集いとか苦手なので1度も行ったことがない。私は大勢がいる場所は苦手だし、賑々しいのもあまり好まない。うきうきと会場へ向かう人達を後目に駅へてくてく。とはいえ、一人で食事をしているとつまらない。平日でも賑やかなお店の中で、私の周囲だけ真空にでもなったくらい空気が凪いでいる。他のおひとりさまの女性達もそれぞれの凪ぎ具合。味が薄いエビとブロッコリーのグリーンクリームスパゲティとアッサムティ。こういうときこそ、本というお供があって救われる。

明日はアイメッセで公開生放送。美味しい物を食べつつ、はなきんマーケットを観たい方はレッツゴー。会社を朝7時半出発なので、約6時間後すでに家を出発せねばならない。あー、遊ぶ時間なんてあっという間だな。
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by saporterK | 2007-09-28 00:51 | Comments(0)
夕べクリス・ボッティのCDを聴き、おまけのDVDでメイキング(勇み足とはこのこと。当然、字幕がない。)を見て、英語を本当のフィーリングだけで判ったフリをして、ボーナストラックを聴こうとした。
が、メニューがない。どこを探してもない。スーパーマリオの隠しコマンドみたいに、隠しメニューでもあるのかと探したけどない。えー、なんで?
今日もマウスをうろうろ彷徨わせたり探したけどなかった。

やっぱりというか、サイトを見たらMP3ファイルでダウンロードできるようになっていた。アメリカ在住の人のみCDを送ってもらえる、ってダメじゃん。がっかり。日本で、解説やら歌があるのは歌詞と訳詞が加えられたら、そっちにはきっとボーナストラックがもれなく付いてくるんだろうな。えー。ダウンロードしてCDに落としても、音質はどうなの?時間はどれくらいかかるの?と考えると、めーんーどーう。ボチェッリとの曲を聴きたくて買ったCDなので、余計にダウンロードが面倒に感じる。アメリカの常識は知らない。ボーナストラックは自分でダウンロードするのが、普通なのだろうか?
ぐずぐず探したり文句を言っている間にダウンロードは、できただろうに。
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by saporterK | 2007-09-26 23:35 | Comments(0)

絵を見てくらくら。

本日定休。
色々なことでカリカリしていて、それから逃げるために美術館へ。絵や器や音楽や演劇などは、疲弊した心身を落ち着けるのに役立つ。私は感性の鋭いタイプではないし、研究肌でもないので、ただ眺めるだけ。眺めて、好きか嫌いか感じて、ホッとため息がつけるくらいになるまで繰り返すだけ。

プラハ国立美術館展。ルーベンスとブリューゲルの同時代の絵。ルーベンスと聞いただけで、連想ゲームのように、ネロとパトラッシュが笑顔の天使達に連れ去られていくシーンを思い出して涙がこぼれてくる。もはや条件反射みたいに、ルーベンス=ネロとパトラッシュ=涙の公式になっている。展覧会の絵はその教会にある絵ではないけど、ルーベンスの絵であるだけで、足元に倒れるネロとパトラッシュを思わずにはいられない。

絵画に社会風刺や素材に比喩を盛り込むことが多かった時代の絵なので、解説なしには歴史背景もあやふやな私では読み取れない。美術館での鑑賞は、感覚のみで観ていたいというのと、絵に盛り込まれた意味を知りたいのとでせめぎ合う。全体を見るか、部分だけをフォーカスするか。両方を同時に味わうことが私は出来ない。私はクリスチャンではないので、学校で勉強した程度の「あ、聖書のあのくだりね」くらいの知識で眺めていたにすぎない。神話も詳しくない。
後になって、良いなぁと思った絵に、強烈な風刺や批判や皮肉が盛り込まれていると知ってギョッとした経験がこれまでに何回かあった。これが人生の警告や警鐘なら諺のように有り難がるところだが、皮肉だったりすると、思わずうめき声をあげたくなってしまう。最近人気の、社会風刺(特に政治屋)する劇団の主張はリアルタイムにやりにげ出来るが、絵画は時代を超え国を超えて、存在する限り永遠に作者の思考までもが残されていくことの壮大さに、ちょっとくらくらした。
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by saporterK | 2007-09-26 18:27 | Comments(0)
お店の営業時間が終わり、掃除をして看板をしまうとき、頭上には微妙に満ち足りない月がぽかりとぶら下がっていた。晴れやかで高い夜空。風がそよと吹き、母上が植えたススキが頭を垂れ、流れる薄雲が月にかかって月輪ができる。素敵な夜。

とぼとぼ歩く夜道、外灯が届かない暗い足元に自分の影が見える。それくらい今夜の月は明るい。近所に家がなければ鼻歌のひとつでもホガホガ歌っていたかもしれない。お酒を飲んでもいない先に酔ったような気分。

飲みかけの白ワインを飲みながら、届いたばかりのクリス・ボッティ「Italia」を聴く。イタリアが好き。ボッティが好き。アンドレア・ボチェッリが好き。ならばこの新譜を買わない手はない。でもインポートのCDは何でも大抵そうだけど、歌詞がないのねー。ボチェッリは明瞭な発音なのでわりと聞き取りやすいけど、イタリア語なので多分全部は聞き取れないで終わりそう。でも素敵な曲。澄んだ声、澄んだペットの高音。ボッティのペットを聴いていると、「黄金のトランペット」とその声を評されたマリオ・デルモナコを思う。昔、MTVアウォードか何かで、ナタリー・コールが、父ナット・キング・コールの歌う白黒映像に会わせて「Unforgetable」をデュエットしたのを見たことがあった。あんな感じで、オペラのアリアをコラボできないかなー、などと夢想する。

アンドレア・ボチェッリの「Amore」で「Estate」を歌っているのだから、ボッティのほうでも歌って欲しかったなぁとも思う。ピアノは私の好みと少し違った。全体の印象は好き。でも、イタリアの国のイメージとは違う。ボッティのルーツはイタリアだけど、彼はやはり完全にアメリカ人だと感じた。
荒川静香以来でもないのだろうが、今は世界的にプッチーニ「トゥーランドット」の「Nessum dorma」ブームなのか、猫も杓子もの勢いで耳にする。食傷気味なほど聴いている。1日のうちで耳にしないことがないほど。プッチーニは「ジャンニ・スキッキ」以外それほど好きではない。それでいてその曲はめったに上演されないのでCDにもならない。スムースジャズの人なので、ボッティに「フィレンツェは花咲く木のように」をアレンジしてくれ、というのも無理な話か。
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by saporterK | 2007-09-25 23:50 | Comments(0)

中秋の名月は。

確か明日は中秋の名月が見られる日。2日間の雨と明日の天気予報からすると、日本人の美学「障りの月」のように、くっきりはっきりとは見えない月を愛でられるかもしれない。花より団子、月より団子、ということはなく、私はあまり月見団子を食べない。米粉のみで作った団子はモゴモゴ噛んでいると甘味がほんのりしてきて美味しいのは良い。そのままを1個食べても結構お腹いっぱいになるので、あんこや甘辛タレをつけたら胸につく。母上は、味噌仕立てのすいとんみたいにするのが好きらしく、いくらでも食べ続けることができる。そもそも白米が好きかどうかの違いなのだろう。

月の裏側が子供の頃から気になっていた。クレーターを兎とかカニに見えるとかは、あまり興味がなかった。人間は、何の関連もないものを勝手に意味ある造形物のように認知して見るような脳みそになっているので、人面魚や岩と同じで、私はそれが兎やカニに見えることにロマンは抱かなかった。人の見えない裏側と同じように、漠然と眺めているだけでは見ることができない「裏」がどうなっているのか思いを馳せた。かぐやが探索して月の裏側は誰もが画像で見られるようになるだろう。見たい、でも月の裏側が判明して白日の下に晒される時の虚無感を思うと、見ないままでもいたい。何でもそうだが、知らない時の「知りたい」欲求が満たされた後というのは、満足感だけでなく、そこはかとない茫漠とした「ぽっかり」感が起きる。でも、頭上の天体には、月の裏側以外にもたくさん「知りたい」ものが存在している。壮大すぎてくらくらするくらいの不思議が詰まっている。
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by saporterK | 2007-09-24 23:46 | Comments(0)

手乗りカマキリ。

回顧展の予定などの打ち合わせと近況などを話し合った後、まるで待ち合わせたかのように俳句好きが揃って話が盛り上がっていた。私は俳句をしないので、ふむふむと伺うに留める。時としてお客さん同士がすでに顔見知りなのが「あら意外な繋がりで」とお店で出会うことがある。お店を介して改めて関係性が構築されていく。どこでどのような人との繋がりがあるかわからない。ということで、県内の俳人についての思い出話などを伺う。思い入れのある人物に対しての敬愛というか温かみを感じた。

f0053615_2214399.jpgその後のオーダーは任せて、いつまでも暑いせいかまだ伸び続ける植木の刈り込み。柘植に至っては20センチも新芽から伸びた部分まである。大体スッキリしたところで水を撒いていたら、慌てて飛び出たサザエさんみたいな感じで1匹のカマキリが植木の中から必死の様相で飛び出てきた。3センチ程度の頃から見かけていた、1匹だけ茶色のカマキリなので「よぉ、久しぶり」と思いながら避難するのを待つ。ユリの咲き終わった先端に辿り着いたのを見て、とりあえず水まきを終える。

どんな成長を遂げたかと、しげしげ眺めたら、相手もしげしげ見ている(ような)顔をして、睨めっこ状態。何となく指を指し出してみたら、乗り移った。良い気になって「記念撮影記念撮影」とばかりにカマキリを手に乗せたままお店の中に入って携帯を取り出す。ビックリしたのか何回か跳ねて、新聞の折り込みチラシで誘導してまた手に乗せたり。そして、記念の1枚をぱちり。しかもカメラ目線。カワイイ顔をしているではないか。首を傾げたり触覚をゆらめかせたり、携帯に飛び移ろうと前肢をバタつかせたり。あまり連れ出してストレスを与えてもかわいそうなので、同じ植木場に戻す。名残り惜しんで、かどうかはわからないけど、暫し見つめ合って私から別れを告げる。
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by saporterK | 2007-09-22 23:32 | Comments(0)

膨大なテープを。

朝の出稼ぎ生放送で、本番中に背後から制作局長が眺めることに。背後からの視線は、いつどこに向いているかわからない。社会学概論で教わったパノプティコン装置に入っているようなものだと思いながら、普段以上に心拍数を上げてヘトヘト。

お昼を挟んで、籠り作業。映像ライブラリーが、私に丸投げ状態でどれほどになっているのか確認のためにふたたび局長登場。棚番号を付けるところから投げられた私の仕事ぶりを観察されつつ、報道部のライブラリー管理のノウハウをザッと教えていただき、逆に如何に自分が放ったらかしに野放しにされていたのか改めて知る。方向性は間違っていなかったようだが、局長が求めるデータの範囲と量が格段の違いで仰天。開設当初と話の大きさが違うと思いつつ、ようやく自分がすべき具体的な道が拓けた。それにこれまで返ってこなかった疑問と質問が、今日の指導でほぼ返ってきたのが一番ホッとしたことか。

これまで棚に納めた3千本を超すテープをもう一度見直して、更に細かいデータを入れる必要になる。これまででも気管支の不調や視力低下その他が起きているけれど、自分を守る方法も考えなくてはいけないのだと、同時に思った。せめてその辺のテクノストレスに関する保障があれば良いのに。仕事が増える分には何でもないけど、健康について考えると、少々不安なこれから。部屋で音楽を大音量で流して一人で作業できるのは良い環境だが、出稼ぎ労働者としてどこまで健康被害を我慢するのか、少し考えながら局長と3時間ほど過ごした午後。エアコンは新しくなったけど、やっぱりまたマスクしたり消毒スプレーしなくちゃダメだな。。。それにアントシアニンも摂らなくちゃ。
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by saporterK | 2007-09-22 03:06 | Comments(2)

見るだけパイナップル。

f0053615_0151533.jpg母上の誕生日プレゼントを「遅ればせながら」と常連さんから戴いたという。出稼ぎから戻ってすぐ目につくインパクト。「おぉっパイナップル!Eさんらしいセレクト」と面白がっていたら、マスターが「それ、観賞用ね」と、私が色付いたら食べると思ったのか先手を打つ。スナックパインよりずっと小さくて、手榴弾みたいな大きさだな、なんて明らかに不適切な喩えしか浮かばない。手に握り込めるくらいだけど、立派にパイナップル。「モンキーバナナならぬ、モンキーパイナップル」と勝手に命名。

ご近所さんからは、葉が朝顔みたいだけど地を這って伸びる名前も知らぬ植物と、育ててはいけない花によく似た菊の仲間を戴いたというが、これは秋のお楽しみといった感じ。お店の外には、母上がまた何やら植え替えをするつもりらしい物が、こまごまと一輪車に土や鉢と一緒に無造作に置いてあった。

サラセニア1号、2号は我関せずとばかりに元気に、あまり秋という季節にマッチしない装いを主張している。朝顔もまだ咲き続けている。昼間が暑いので、彼らもしばらくは大いに日光浴をすることだろう。
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by saporterK | 2007-09-21 00:23 | Comments(0)