食べに食べたり。

雲隠れの帰る前、友達と新宿で夕飯にする。
ダイニングバーだけに、だいぶ照明が落とされており、視力は良いが暗い場所は苦手な私などは歩くのにバランスが取りにくく感じるほど。床がヒールの高い靴には少々危なっかしい滑り具合なので酔っぱらいみたいな足取りになってしまう。

ともあれ、友達はグレープフルーツジュース、私はセルセコのロゼで「お疲れー」(疲れたわけではないけど、4時間缶詰めなのでいつもこうなる)。シーザーサラダ、トマトとフレッシュチーズのサラダ、真鯛のフリットのマリネ、トマトの炭火焼、ポトフ(カブ、大根、ニンジン、キャベツ、トマト、豚肉)、豆腐、苺のババロア、苺のティラミス、苺のアイス、アールグレイ。

ひとつひとつの量がわりとたっぷりしていて、私の胃にちょうど良く、友達の胃にだいぶ多いかんじ。照明が暗いので、本来の色合いを見ることは難しかったけど、味は野菜の甘さが全面に出たいい感じ。塩も濃すぎず、殆ど余計な味がしなかった。まことによろしい。お酒が出るように、ともすると変に喉ばかり渇くような味付けをする店が多い中で、喫煙者のニコチンやタールが味蕾に埋まって味覚が悪くなっている人以外には、ほど良い味付けである。

さて私達のテーブルのサービスをしてくれた人が、あるワキ方能楽師に似ていたことも添えておく。もっと背を高くした感じだったけど、顔の骨格や肉付きが似ていると声もよく似るもんだと改めて思う。ポトフの大きな野菜を半分に切り分けて盛りつける手付きなどは華麗にして無駄がなく、丁寧な物腰。ちゃっかりオーダーに繋がる、でも押し付ける感じのない言葉掛けなど、久しぶりに気持ちよいサービス。ふむふむ。こういう社員教育ってすばらしいな。お店を眺めて他のスタッフはちょっと若くてバイトっぽく見えたので、このベテランに見える人にサービスしてもらえてラッキー。おかげでたくさん食べました。

デザートを食べようとしたとき、私の目線の先に座ったカップルに目が行く。途端に目が飛び出すかと思った。なんと兄上にそっくりな人が座っていた。ホントにホントにそっくり。指が細くて顎も細すぎたから違うとわかったけど、髪型も服装も仕草も無精髭の汚い感じとかも驚くほど似ていた。へぇ!世の中こんなに似ている人がいるとはねぇ!!

食事はおいしかったしサービスはよろしかったし会話も楽しかったしで、照明の暗さを除けばとてもよろしい食事であった。満足満足。
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# by saporterK | 2006-02-13 11:20 | Comments(0)

雲隠れ。

本日雲隠れ。腰痛に耐えながらの観能。狂言は若者ゆえの微笑ましさを思わせる客席からの反応。素っ頓狂な声を出すのって、ともすると品が落ちる。やれと言われたってできないけど。後見のビミョーな笑い顔が気になる。舞台が面白いのか、もともと笑い顔の造りなのか、見所に知り合いでもいたのか「なぜ笑いをかみ殺しているんだろう」という疑問を抱かせる。狂言以外、舞台上で笑いをかみ殺している顔って見苦しい。今日は他にはいなかったけど、関係ない場では特に気に障る(楽屋内なのか見所の誰かなのか原因がなんであれ舞台に立っている以上、現実と舞台とは峻別されるべきだ)。

「釆女」は、もともと「身分はどうあれ男の心変わりで池に身を投げるとは」なんたる不幸なことかと思っている。曲の雰囲気は好きだけど、内容は自分の考えを持ち出すと噛み合なくなるので雰囲気を楽しむ。小書がついて削られた箇所があったけど1時間半。想定内でも序の舞が終わる頃には悲鳴を上げたいくらい腰が痛かった。白と浅黄の装束のバランスが水から浮き上がるイメージだが、あぁあんなに純粋なイメージなんだなと別視点に気付く。上童という設定だからか。

「蟻通」は、見えない雨がとりあえず見えないと、ことの成り行きがわかりにくい。うっかり馬に乗ったまま神聖な場所に立ち入ろうとしたら急に雨が降って馬も踞って二進も三進もいかなくなる、というところから話が始まる。「傘を持って腕を上げ続けるのはどのくらいの苦痛を伴うか」が勝手に注目されるシテの登場に、見ているだけで腕がつりそうである。時に能の中では「これはあまりに」と思う型がある。お付きの者が太刀を持つときとか、今日みたいに烏帽子の分傘を高く掲げなくてはならないときとか。見ている側は何てことないように見ているけれど、まったくもって美しく見せる苦労は尽きない。私は歌の素養はないので、紀貫之が詠んだ歌のおかげで怒った神様が機嫌を直して雨をやませ馬を元気に戻したからには、「面白し面白し」なのだろう。

今日はどちらも心にゆとりがあると楽しめる。いわゆる一般のお能イメージに合う。友達がお能を観たいと先月言ってきたが、今日のは初めての人には勧められない曲である。だから来月の、嵐山と熊野に誘い一足早い桜狩りと洒落こもうということにした。さて3月上旬に、どれくらい春に近づいているだろうか。
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# by saporterK | 2006-02-13 01:42 | Comments(0)

初。大戸屋というお店。

出稼ぎ先の学生さんと、番組終了後に夕飯を食べに。
運転する面倒を引き受けるので、何を食べるのか決める面倒を引き受けてもらったら、大戸屋という所になった。私はファミレスとかファストフードとか滅多に行かないので、名前だけは聞いたことがあるがそこも行ったことはない。

食後、どうしてもお茶が欲しくなったのでオーダーしようとメニューを見て「お茶バーって何?そんなのあったっけ?」と言ったら、学生さんが大笑い。ちょうど見えない場所だったので、空の急須を持ってとぼとぼ。ティーバッグを放り込み、茶釜に沸いているお湯を注ぐ。お茶の種類は豊富。柄杓は使いにくくお湯は温い。うーん。

フロア担当に新人がいて、オーダーの取り方もなっていないし、あとから別の人が確認とったりするし、レジの電源落としちゃったり、別会計の仕方がわからなかったり、何だかいろいろやらかしていた。そこで社員及びアルバイト教育がなってないなぁと思ったのは、失敗をする度にやってくる上司や先輩の態度がとても冷たかったこと。確かに動きも遅くて要領も悪かったけど、叱責は閉店後にすればいいのであって、お客さんが見ている状態でさらし者みたいに「ったく使えねーな」な顔で尻拭いをしている姿は気持ちよくない。どこにある大戸屋であれ、お客さんは店の名前で印象を刻むのになぁ。残念なことだ。
「肩にクモがいるよ」と言っても「恐れ入ります」と慇懃にお辞儀をするようなフロアの人もイヤだけど、曲がりなりにも一緒に働いているんだから、少なくともお客さんがいる前ではイヤな顔を滲ませて指導しないで欲しいものだ。

せっかく、焼きサバもまぁまぁで、ヒジキの煮物もゴボウのサラダも味が濃すぎず、添えられた大根おろしは割りと多めで、印象が良かったんだから、そのまま帰りたかった。なんという後味の悪さだろうか。
南無三。
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# by saporterK | 2006-02-11 00:48 | Comments(2)

早すぎた。

夜中にどれくらい積雪するかわからない。
今朝は6時前から業者が道路の雪を「がー」と隅へ寄せる音が轟く。そのままマスターは起きだして、煙草をくわえてその寄せられた雪が、私の車が入っている車庫の前に溜まっているのを見て、せっせとどかしていた。なんていうか、この状況下で「いつも通りにでかけたい」とも言いにくく、でも本当に出稼ぎに遅刻してはしゃれにならないので7時15分に家を出る。あれれ、途中たしかに混雑はしているけど、このままじゃ会社に早く着きすぎちゃう。危惧した通り、早く到着しすぎたので、近所のコンビニで時間を潰そうと思ったら、スタッフのIさんと遭遇。打ち合わせが始まるまで、ぼーっとスタジオの中で暇な30分を過ごす。

雪が降った翌日がどうしてこんなに暖かくなれるのかも不思議だ。昼には殆どの雪が解け、びしょびしょした道を歩いてお昼ご飯を食べに行った。半日の積雪に終わったものの、10センチほど。これからあとどれくらい雪が降るだろうか。

2日続いて睡眠時間が短くて、生あくびが出続ける。本を読んでも、全然頭に入らない。2日くらい寝なくても平気だった時代よ何処へ。寝食を忘れて、という事態が、万年フラットな感情で生きている私にも、あったのだ。
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# by saporterK | 2006-02-08 00:04 | Comments(0)

乾燥のち雪

「とっとと帰れ」
ということで、閉店時刻前にマスターに店を追い出された。
夜8時ちょっと前、はらりと白い物が見えるも束の間、細かい雪があっという間に本降りモードに。からっからに乾燥していて、火事で朝から近所が大騒ぎだったのだが、静かにそして大急ぎで積もろうと雪が降っている。1時間弱で、植木には1センチ近く積もりつつあり、道路も場所によっては白く「さくさく」と踏みしめる音がするくらいの積雪。

さて近所の火事。
現場の隣家は我が家の古い親戚筋ということで、両親はまだサイレンがぶんぶん鳴っている中を出掛けていった。鎮火して一時帰宅した母上が「○○さんが、テレビ局が取材でカメラを回してたけど頭にきたと言ってたわよ」とのこと。それが出稼ぎ先の報道部の人であると知る。状況を見ていないから何とも言えないけど、温厚な人が怒るくらいなのだから、無神経に誰彼となく撮っていたのだろう。
午後もう一軒別の地区でやはり火事が起きた。その時点で朝の火事の「ニュースとして流す価値」は半分になるだろう。同じ人が取材に行ったかもしれない。

映す時の配慮とは主観によって異なるだろうけど、どんなつもりで映像にしたのか。そしてそれをニュースとしてどんなものに仕立て上げたのだろうか。取材した本人は、目の前で財産や思い出の一切が焼けていくのを(或いは焼けたのを)見ているしかない当事者達を見て、何を思ってカメラを回していたのだろうか。
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# by saporterK | 2006-02-06 21:32 | Comments(0)